【知ってた?】昔むかしのバスケって驚き【違いすぎ】

バスケ

【知ってた?】昔むかしのバスケって驚き【違いすぎ】

 

こんにちはさんぺいです。

先日のつぶやきを3つ紹介です。

この3つを知っているかで
歳がバレちゃいます。  

全部知っている方は

ズバリ40~50代です。

今回は最近の
最新バスケから忘れて

肩のチカラを抜いて

昔むかしのバスケを
思い出してみましょう。

あなたの
青春時代を思い出す
きっかけになれれば
めっちゃ嬉しいです。

 

さんぺい
さんぺい

特典パートでは、絶対にありえない!バスケが格闘技に!!この未来だけどは、、、これだけは認めたくありません。動画を公開します。特典パートは記事の最後にあります。

 

 

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昔バスケを思い出す

とりあえず、思い出して   
10個を書き出して見ました。

 

  1. セブンファウル
  2. ワン・エンド・ワン・スロー
  3. ヘルドは全てジャンプボール
  4. エンドから出たらサイドラインから
  5. フリースローはスリーフォーツー
  6. 中学は男女共にボールは6号
  7. バックコートで笛はなかった
  8. スリーポイントはなし
  9. ハイポ、ローポからやたら攻める
  10. 短いパンツ、ハイソックス

まだまだあると思います。
ご存知な方は、

 フェイスブック こちら
 ツイッター こちら

から、教えてくれたら幸いです。

 

短いパンツ、ハイソックス時代は
僕は中学、高校の部活を思い出します。

あなたはいつ頃
思い出しますか?

これって
歳バレですよね。

中学のときは、短パンの脇から 
ブリーフ、トランクスが見えたり
ハミチンってことも・・・   

ってことで、深堀りをします。

 

セブンファウル

セブンファウルは、
1985年から2000年までのルール。
7回反則を犯すと以後の反則で
フリースローが打てます。

 

ワン・エンド・ワン・スロー

ワン・エンド・ワンは、
1985年から1995年に採用されていた
フリースローのルールです。
一投目のフリースローが
成功した場合は、
二投目も権利を得るが、
一投目に失敗した場合は、
そのままゲームが再開されます。

1本目、ドキドキでした。

 

ヘルドは全てジャンプボール

ヘルドボールとは、
「どちらのボールでもなく、
試合が止まってしまっている」
という状態です。

ボールを奪い合っている状態が
ミニバス、中学では多かったです。

笛が鳴って・・・

審判は両手を
「Good(親指が上を向いている)」にして
両手を挙げるジェスチャーでしたね。

毎回ジャンプボールです。

センターサークルだったり、
相手側のサークルだったりと・・・

試合によっては
ヘルドボールによるストップすることが
非常に多く起きていました。

まただよって感じでしたよ。

ジャンプボールをする際には、
ボールを取り合っていた両選手が
サークルの中で対峙し、
全選手がサークルの近くに陣取り、

審判がボールを挙げるという手間が発生
試合のスピード感が
失われるって感じでしたね。

何よりも、
身長差がある場合って
見ていて
辛かったのを覚えています。

ジャンプ力で勝ったときは
嬉しかったこともありますが・・

 

 

サイドラインから

昔はエンドからのスローインは
無かったです。       

エンドにボールが出ても
すべてサイドラインからでした。

エンドに変わった時は、
僕はバスケを引退していました。

皆さんは、エンドプレーを
どのように攻略していきましたか?

 

スリーフォーツー

えええナニソレ?

1985年以前のルール   
シュートファウルに対して
3投することが出来た。 

相手の反則を受けた選手に、
3投を限度として2回成功するまで
フリースローの機会が
与えられるというもの。

つまり、
3回のフリースローのうち、
1回は外しても大丈夫という、
オフェンス側に
めっちゃな有利なルールでした。

このルールが分る方は恐らく…

40歳以上だと思います。

歳バレですね。

 

中学は男女共に6号

5号→6号って流れでした。

いつ変わったかは
正直覚えていません。

どんな理由があったかも・・・

もし知っていたら、
Twitterフェイスブック
教えて欲しいです。

よろしくおねがいします。

バックコートで笛はない

バックコート・バイオレーションが
存在しませんでした。

パックパスがOKでした。

専門用語でわからない方の説明
バックパスとは、
攻めている側のチームが
一度フロントコートに入ってから
バックコートにパスやドリブルで
ボールを戻すことを言います。

 

こんな歴史があるみたいです。

【バックパスバイオレーションの歴史】

✔昭和7(1932)年     
 【センターラインの設定】

センターラインが設定されたことで、
バスケットボールのスピード感が上がり、
1本の線を狭んで激しい攻防戦が生まれた。

10秒ルール

センターラインを境に、一つのコートは
フロントコートとバックコートに分けられ、
攻撃するチームはバッグコートでボールを
得てから10秒以内にフロントコートに
ボールを進めなければならない。

パック・パス・ルール

フロントコートでボールを
得たらそのボールをバックコートに
戻してはならない。

これらのルールから、
ボールを早く運ぶための技術が磨かれ、
阻止しようとする防御の技術が研究された。

✔昭和32(1957)年   
 【30秒ルールの設定】

バックコートからフロントコートに
ボールを運ぶ規定(10秒ルール)はあったが
フロントコートにボールを持ち込めば
何分でもボールをキープすることができた。

それは試合の興味を削ぐ要因ともなり、
最後の1秒まで攻め合う競技本来の目的から
考えても防御側にとっては不利な条件で
あるとして、30秒ルールが新たに設定された。

✔昭和36(1961)年                    
【10秒、バックパスルールの廃止】

30秒ルールの設定であまり意味をもたない
ディビジョンライン(コートを分けるセンターライン)
廃止され、10秒、バックパスルールも廃止された。

✔昭和44(1969)年                            
【10秒、バックパスルールの部分適用】

終わりの3分間に
「10秒ルール」と「パック・パス・ルール」を適用

✔昭和48(1973)年                               
 【10秒、バックパスルールの全面適用】

最後の3分間の特別扱いの進行条件は全競技時間に
適用されるようになった。すなわち「10秒ルール」
「バック・パス・ルール」試合開始から適用された。

(参考引用:バスケットボール振興会ルール)

 

 

スリーポイントはなし

NBAでは
一時1994年から1997年までの間、
アーチの距離を

国際ルールの(6.75m)に
近い距離(6.7m)に変更

その後1997シーズンから
元来の距離(7.239m)に
再変更され現在に至っている。

日本では、1985年から           
スリーポイントが採用されたました

スリーが昔なかったことを
知っている人は、大先輩です。

今もかわらずバスケを
愛しています。間違いないです。

めっちゃ尊敬します。

 

ハイポ、ローポから攻める

昔のバスケはめっちゃスペースが
狭かったのを覚えています。

ハイポ、ローポで攻めるのが
当たり前でしたね。

センターの役割が明確でした。

ちょっと映像が古いですが
驚きます

スペースがせまい中で
バスケしているがわかります。

 

短いパンツ、ハイソックス

めっちゃこれ覚えています。

足が長く見えますよね。

ハミパンするから
中にスパッツを履いてました。

流川風にね。

 

 

昔のバスケ まとめ

記事を書いてて
めっちゃ懐かしくて
テンションが
上がっていました。

過去の常識は、
今は非常識って
ことが多いなぁ~と
実感です。

また、
今の常識が、未来には
また大きく変わるって
ことが起きるのでしょう。

共通して言えることは
”今を楽しむ”だと
再認識しました。

楽しむには、やっぱ
全力で
取り組むことです。

真剣に、前向きに
努力をしていきましょう。

過去の思い出は
自分の味方になってくれます。

だからこそ
今を本気で楽しみましょう。

過去に感謝して

ちなみにあなたにとって
青春はいつですか?

そして

青春してますか?

一生感動 、一生青春!

 

青春とは
肉体的なものでなく
精神的なものです。

明るい希望や夢があれば  
いつでも青春でいられます。

僕は43歳だけど、
ぎっくり腰だけど

今、めっちゃ青春ッス!!

見ているあなたが
めっちゃ明るい気持ちになれた
超うれしいです。

最後まで読んで頂き
ありがとうございました。

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さんぺい
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めっちゃ嬉しいです。

特典パート

絶対にありえない!バスケが格闘技に!!
この未来だけどは、、、
これだけは
認めたくありません。

見ていてドキドキしますが
ここでプレーはムリです。
あなたはシュート打てますか?

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